美しき死の岸に

原民喜戦後全小説〈上〉 (講談社文芸文庫)

原民喜戦後全小説〈上〉 (講談社文芸文庫)

原民喜戦後全小説(上)』を読む。原民喜ははじめて読むのだがとても素晴らしい。
「夏の花」が目的で読み始めて、もちろん、この原爆被害とその直後の様子を
克明に描いた作品もよかったが、続く「美しき死の岸に」が傑作。死んだ妻を
めぐって短い散文が連ねられていくのだけど、身の回りの物が不意に作者の記憶を
呼び起こすときのたじろぎが、鮮やかに表現されている。たとえば、妻が死んだ後に
妻の財布の中をはじめて見た時の瞬間とか。「菓子」という題のところでは、「お菓子
を食べたい」と訴える妻の横に横たわってお菓子の話を一時間するという話が
出てくるんだけど、こういう優しさというのは端的にいいなあ、と思う。

多分、原民喜は僕の知る限り日本の文学者の中で一番いい夫である。
逆にとんでもないのが志賀直哉で、『和解』
なんて読むと、にわかフェミニストになって男たちの思い上がりを
やっつけたくなる。何が「和解」だ、私は絶対和解なんかしないぞ、みたいな。
しかし、原民喜の日常の光景の切り取り方のうまさは志賀に似てなくもない。

時々、「妻」が変な行動を取るんだけど、それがユーモラスでなんともいえない。
たとえば、「蛞蝓」というのは、「その頃、妻は夜半に起出しては蛞蝓退治をしていた。」
と始まる。わくわくする始まり方だ。