松浦『方法叙説』

方法叙説

方法叙説

 この人は本当にオールジャンルなんだけど、僕にとってはエッセイが一番面白い。あるいは、研究書の、ややエッセイ的な挿話に流れた箇所。この本は、自分が様々なジャンルを横断しながら、どのような欲望に導かれてきて書き続けてきたのかを、身体的な比喩をいつものようにちりばめながら綴っている。いろいろ面白いエピソードが多いけど、なかでも若い時にヨーロッパを貧乏旅行し、さまざまな美術館で出会ったWolsとか、パリの売春婦がたむろする一角の描写とかが特に印象に残る。「射精などという」一瞬の脊髄の快楽などよりも、とにかく怪しげな欲望に満たされたいかがわしげな街路をふらつくことの引き伸ばされた快感を選ぶ、という著者の姿勢は、いかにも彼の方法を照らし出している。そうそう、松浦寿輝のエッセイのなかでも、極めつけに素晴らしいのはいつも散歩についてのものだったように思える。
 それから、明らかに人物の特定できる形で書かれている「人生の恩師」が短く言い放った、「あれはきれいな美意識の人ですからねえ」という、実に巧妙な批判も書かれていて、松浦自身、この寸言の射程の深さに恐れ入っているわけだが、なるほど、これは徹底的な批判である。松浦が基本的にロマンティシズムの人であることは誰にも否定できないので、それがたまにナルシスティックな感じを与えることがある。たとえば、風呂のなかで肩を流れていく石鹸の泡を見たときに一種の啓示が訪れたとかいうエピソードは、やや精彩を欠いているし、『市民ケーン』のガラスの球体の比喩も、ケーンのいかがわしさを捨象していて、それこそ「美しすぎる」。しかし、何と言っても、現代、これほどの書き手はいない。