Cather、水村

The Professor's House (Virago Modern Classics)

The Professor's House (Virago Modern Classics)

いやはや、あまりにおもしろく一気呵成に読んでしまった。たしかに大傑作と呼ぶにはあまりに構成が不恰好な感じがするし、ちょっと突拍子もないような展開もある。何よりも前半のテンポと後半のテンポが全然違って、150ページから最後の250ページくらいまでは、いくらなんでも速過ぎる。が、それらを補って余りある想像力の豊かさとか、構想の大胆さとかがあり、また「アメリカ」という国家の複数性の描き方が素晴らしい。フランス人によって開拓されたルイジアナと、インディアンの居住あとの残るメサが対比されながら、家族の枠組みの中でアレゴリカルに表出される。メキシコの存在も重要でOld Mexico/New Mexicoの対比も出てくる。で、教授の専門のスペイン史とも結びつく。姉妹の描写はやや類型的(ちょっとリア王の老人と娘の関係を髣髴させる。あそこまでひどい娘たちじゃないけど)。

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

少し前に「私小説」を読んで、なかなかよくて、こちらも注文していたのが届いた。で、すごく長いから躊躇していたのだけど、読み出すともう止まらなかった。最初の150ページくらいだけが「私小説」と同じような設定で、著者自身(のような人物の)アメリカでの少女時代のことが書かれているのだけど、この小説では、物語の中心は「私」とその姉ではなくて、東太郎という人物。アメリカに貨物船でわたってきた彼は最初は、金持ちのアメリカ人のお抱え運転手をしていたのが、「私」の父の紹介で日系の企業に入るや、持ち前の勤勉さと手先の器用さでみるみるうちに出世して、大金持ちに成り上がる。「私」と東の接点は年を経るうちになくなっていくのだけど、作家になった「私」がアメリカの大学で働いている時に、加藤と名乗る男がやってきて、東の過去について話し始める。というところまでがイントロで、そこからは額縁小説みたいになって、東の過去に基づく3人称の恋愛小説になる。

で、この恋愛小説が『嵐が丘』に似たパターンを持っていることを「私」が語っていて、確かにそれはそうなので、「女中」が語りだす「小田急線」というセクションでは、読み始めた瞬間からネリーのエコーが響いているのがはっきりと感じ取れる。その手綱捌きが絶妙で、本当に模倣の天才的な人だと思う。模倣といってもポストモダン的にパロディーをやっているという感じが全然なくて、この小説はどこまでも真剣に恋愛小説、なのだ。『嵐が丘』だけでなく、春夏冬の三姉妹は谷崎の『細雪』の三姉妹の影を背負っているという感じもしたのだけど、どうだろう。まだ上巻読んだ所だけど、著者に深い敬意を感じました。

追記。そうそう、最初の方にNew Year Partyの場面があるのだけど、これが素晴らしい。じつはパーティーが書ける日本の作家というのはほとんどいない。パーティーというのは大抵色々な人物が一気に登場して、さまざまな人物関係が明らかになるような場面だから、ヨーロッパ文学では腕の見せ所みたいな所で特に女を美しく描くことに力が入るんだけど、日本文学はその辺わりと内向的で、パーティーなんていう俗っぽい所にはいかないような主人公が多い。大江ではたまに文学系のパーティーが書かれていたりするけど、そういえば村上春樹の主人公も全然パーティーに行かない。バーは結構出てくるんだけどね。もちろん、ヨーロッパ文学でもパーティーの場面を書かない作家というのはいて、代表選手はカフカドストエフスキーのような気がする。